第38章『声が届いて、動くという実感——対応は、信頼の循環』
2025.09.12 |投稿者:神内秀之介
「前にお願いしたこと、どうなったか分からなくて…」
利用者の佐藤さんが、談話室で沙耶にそう語った。
数日前に「洗濯物の返却が遅い」と相談していたが、
その後の対応が見えず、不安になっていたという。
沙耶はその言葉に、組織としての“応答力”の弱さを感じた。
「対応したつもり」ではなく、「対応されたと感じる」ことが大切なのだ。
“声が届く”だけでは足りない。“声が動かす”仕組みが必要だった。
法人では、相談・意見への対応手順が整備されていた。
受付→記録→検討→対応→報告という流れ。
第三者委員や管理者が関与する体制もある。
しかし沙耶は思った。「仕組みがあるだけでは、動きは生まれない。
“誰が、いつ、どう動くか”が明確でなければ、声は埋もれてしまう」
彼女は「声が動かす仕組みづくりプロジェクト」を立ち上げた。
目的は、利用者の声に対して、組織として迅速かつ確実に応答する体制を整えること。
まず始めたのは、「声の対応フローの可視化」。
相談や意見が寄せられた際の対応プロセスを、以下のように整理した:
- 【受付】誰が受けたかを記録(職員名・日時)
- 【共有】当日中にチーム内で共有(LINEワーク・掲示板)
- 【対応】担当者と期限を設定(原則3日以内)
- 【報告】対応結果を本人に伝える(口頭+記録)
- 【ふりかえり】月例会議で対応事例を共有し、改善点を検討
このフローを施設内に掲示し、職員全員が“動き方”を共有できるようにした。
次に、「声の責任者制度」を導入。
各部署に“声の対応リーダー”を配置し、
相談や意見が寄せられた際に、対応の進捗を管理・報告する役割を担う。
これにより、“誰が動くか”が明確になり、対応のスピードが上がった。
さらに、「対応の見える化」も進めた。
施設内の掲示板に「今月の声と対応」を掲載。
- 「〇〇さんから“食事の温度が気になる”→温度管理を強化」
- 「△△さんから“洗濯物の返却が遅い”→返却ルールを見直し、担当者を明確化」
- 「□□さんから“夜間の物音が気になる”→巡回時の配慮を強化」
ある日、佐藤さんがこう語った。
「前に言ったこと、すぐに動いてくれて、しかも“こうしましたよ”って教えてくれた。
それが、すごく安心につながりました」
沙耶はその言葉に、対応の本質を見た。
それは、“処理”ではなく、“信頼の循環”だった。
評価項目【36 Ⅲ-1-(4)-③――「利用者からの相談や意見に対して、組織的かつ迅速に対応している」。】
それは、「“対応したか”ではなく、“対応されたと感じられているか”が問われる。」
沙耶は記録の余白にこう書いた。
「今日、佐藤さんが“ここは、声が動く場所ですね”と言った。
その一言が、対応体制の成果だと思う」
対応とは、制度の運用ではない。
それは、“声が届き、誰かが動き、結果が返ってくる”という信頼の循環。
そしてその循環が、ケアの現場に“安心して声を出せる文化”を育てていくのだ。
#福祉サービス第三者評価を広げたい