第36章『声が届くという安心——苦情対応は、関係性の再構築』
2025.09.10 |投稿者:神内秀之介
「言っても、どうせ変わらないと思ってました」
利用者の佐藤さんが、ある日ぽつりと漏らした。
食事の味付けが濃いと感じていたが、誰にも言えずにいたという。
その言葉に、沙耶は静かに胸を痛めた。
“苦情”とは、“関係性のSOS”なのかもしれない。
法人では、苦情解決の仕組みが制度的に整備されていた。
苦情受付窓口の設置、第三者委員の配置、記録と報告のルール、対応マニュアル。
掲示板には「苦情受付のご案内」が貼られていた。
しかし沙耶は思った。「制度があるだけでは、声は届かない。
“言ってもいい”と思える空気が必要なんだ」
彼女は「声が届く場づくりプロジェクト」を立ち上げた。
目的は、“苦情”を“改善の種”として受け止め、
利用者が安心して声を出せる仕組みと文化を育てること。
まず始めたのは、「声の箱」の設置。
施設内に“意見・感想・不満・提案”を自由に書ける投函箱を設け、
「苦情」という言葉を使わず、“声”として受け止めるようにした。
投函された内容は、毎週職員会議で共有され、
「改善できること」「すぐに対応できること」「説明が必要なこと」に分類された。
次に、「声のふりかえり会」を月1回開催。
利用者・職員・第三者委員が集まり、
最近寄せられた声について、対応状況と今後の方針を語り合う場。
そこでは、“誰が悪いか”ではなく、“どうすればよかったか”が語られた。
ある日、佐藤さんがこう語った。
「食事の味が濃いって言ったら、“調整します”ってすぐに対応してくれて。
それだけじゃなく、“他にも気になることありますか?”って聞いてくれた。
それが、すごく嬉しかったです」
沙耶はその言葉に、苦情対応の本質を見た。
それは、“処理”ではなく、“関係性の再構築”だった。
さらに、職員向けに「声の受け止め研修」を実施。
- 苦情を“攻撃”ではなく“期待”として受け止める
- 防御ではなく“共感”から始める
- 事実確認よりも“感情の理解”を優先する
- 対応後の“ふりかえり”をチームで共有する
この研修を通じて、職員の対応が“制度的”から“人間的”へと変化していった。
評価項目【34 Ⅲ-1-(4)-①――「苦情解決の仕組みが確立しており、周知・機能している」。】
それは、「“制度があるか”ではなく、“声が届き、関係性が育っているか”が問われる。」
沙耶は記録の余白にこう書いた。
「今日、佐藤さんが“ここは、言ってもいい場所なんですね”と言った。
その一言が、苦情対応の成果だと思う」
苦情とは、誰かが“もっとよくなってほしい”と願う声。
その声が届くとき、ケアは“業務”から“関係性”へと変わる。
そしてその関係性が、施設という空間に、
“安心して言える文化”を育てていくのだ。
#福祉サービス第三者評価を広げたい