第8章『ケアの質とは、人との“温度”のこと』


2025.08.08 |投稿者:神内秀之介

「最近、施設全体がちょっと変わってきてる気がする」
沙耶がそうつぶやいたのは、ある昼休みのこと。
職員間の声かけが増え、利用者さんとのやりとりにも少しずつ笑顔が戻っていた。
主任の原田さんが言った。
「それ、“質向上プロジェクト”の影響かもね」

質向上プロジェクト。
法人が“福祉サービスの質”を見つめ直し、組織的に取り組み始めた活動だった。
月例ミーティングでは、ケアの場面を動画で振り返り、
「この対応に、どんな思いが込められていたか?」
「利用者さんが“その人らしく”いられる支援だったか?」といった問いが投げかけられていた。

沙耶は最初、「サービスの質って、業務の正確さのこと?」と思っていた。
でも、あるミーティングで流れた映像に心を打たれた。

認知症の利用者さんが、昼食後にうろうろと歩き回っていた。
職員が優しく声をかけた。「〇〇さん、散歩ですか?ちょっと一緒に歩いてみません?」
その一言で、利用者さんが笑顔になり、「昔はよく川沿い歩いたの」と話し始めた。

映像が終わると、会議室が静かになった。
管理者が言った。
「福祉サービスの質って、“その人に届いたかどうか”なんです。
業務の正確さも大事だけど、“関係性の温度”が質を決める場面もある」

その言葉に、沙耶ははっとした。
質とは、マニュアルで測れるものだけではない。
“生きている関係”の中にある、あたたかさや納得感も含まれている。

沙耶は職員チームで「ケアの質スケール」を自作した。
①利用者が笑顔になる場面が1回以上あった
②会話に“個人の記憶”が含まれていた
③ケア後、職員が“納得”を口にした
④利用者が“自分らしさ”を言葉にした
⑤ケア場面に、職員同士の連携が見られた

このスケールは“感触の記録”として、月次報告の一部に加えられ、
質向上会議で「制度指標では見えない“実感の質”」として共有された。

ある日、沙耶は後輩にこう言った。
「質向上って、業務改善だけじゃなく、利用者との関係をあたため直すことなんだと思う。
“その人らしさ”に触れた瞬間って、サービスじゃなくて、ひとつの出会いだよね」

評価項目【8 Ⅰ-4-(1)-① 福祉サービスの質の向上に向けた取組が組織的に行われ、機能している。】
それは、「“マニュアル外の温度”を組織的に見つめ直す力と、それを職員が共有できる構造」があるかどうかで問われる。

その後、法人の研修資料の冒頭に、沙耶の言葉が掲載された。
「ケアの質とは、記録の正確さだけではなく、“日々の関係に宿る温度”のこと」

それは、制度と心が手をつなぐ、ケアの“あたたかな解像度”だった。

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