第39章『安心は、気づきの積み重ね——リスクマネジメントは、文化である』


2025.09.13 |投稿者:神内秀之介

「転倒って、いつも突然起きる気がするんです」
新人の理佳が、夜勤明けにそう漏らした。
利用者の佐藤さんが、トイレに向かう途中でつまずいた。
記録には「見守り強化」と書かれたが、沙耶はその言葉に違和感を覚えた。
“強化”ではなく、“気づき”が必要なのではないか。

法人では、リスクマネジメント体制が制度的に整備されていた。
事故報告書、ヒヤリ・ハットの記録、リスク委員会の設置、マニュアルの整備。
年2回の安全研修も行われていた。
しかし沙耶は思った。「仕組みがあるだけでは、安心は育たない。
“気づきが共有される文化”がなければ、リスクは繰り返される」

彼女は「安心の土台づくりプロジェクト」を立ち上げた。
目的は、制度的なリスク管理を“現場の気づき”と“関係性の質”から再構築すること。

まず始めたのは、「気づきの交換ノート」の設置。
職員が日々の中で「ちょっと気になったこと」「違和感を覚えた場面」を自由に書き込むノート。
それは、事故の記録ではなく、“予兆の記録”だった。

ある職員はこう書いた。
「佐藤さん、最近トイレの前で立ち止まる時間が長くなっている」
別の職員はこう書いた。
「〇〇さん、食事中に箸を持ち替える回数が増えている。手の動きが不安定かも」

このノートは、週1回の「気づきミーティング」で共有され、
“対応策”ではなく、“背景の理解”を中心に語り合う場となった。

次に、「リスクの語り直し研修」を実施。
事故やヒヤリ・ハットの事例を、

  • 何が起きたか
  • なぜ起きたか
  • どうすれば防げたか
    だけでなく、
  • その人にとって何が不安だったか
  • 職員の関係性はどうだったか
  • 環境や時間帯の影響はどうだったか
    という“関係性の視点”から振り返る演習を行った。

沙耶はこう語った。
「リスクって、“対応”じゃなく、“理解”から始まるんです。
その理解が深まるほど、安心は育っていく」

さらに、「安心の見える化」も進めた。
施設内に「今月の気づきと改善」の掲示板を設置。

  • 「〇〇さんの歩行が不安定→廊下の照明を増設」
  • 「△△さんの夜間不安→巡回時の声かけを変更」
  • 「□□さんの入浴時の緊張→担当者を固定化」

ある日、佐藤さんがこう語った。
「最近、廊下が明るくなって、歩くのが怖くなくなりました。
それって、誰かが気づいてくれたってことですよね」

沙耶はその言葉に、リスクマネジメントの本質を見た。
それは、“制度の整備”ではなく、“気づきの文化”だった。

評価項目【37 Ⅲ-1-(5)-①――「安心・安全な福祉サービスの提供を目的とするリスクマネジメント体制が構築されている」。】
それは、「“体制があるか”ではなく、“気づきが共有され、関係性が育っているか”が問われる。」

沙耶は記録の余白にこう書いた。
「今日、佐藤さんが“ここは、誰かが見てくれてる場所”と言った。
その一言が、リスク管理の成果だと思う」

安心とは、制度の中にあるのではない。
それは、“誰かが気づいてくれる”という実感の中にある。
そしてその実感が、福祉サービスの土台を、静かに、確かに支えていくのだ。

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