第37章『声が育つ場所——相談できるという文化』


2025.09.11 |投稿者:神内秀之介

「何かあったら言ってくださいね」
職員がそう声をかけるたびに、沙耶は少しだけ違和感を覚えていた。
“言ってください”と言われても、“言える”とは限らない。
相談とは、制度ではなく“空気”なのかもしれない。

法人では、相談窓口や意見箱、第三者委員の設置など、制度的な環境整備は行われていた。
掲示板には「相談・意見受付のご案内」が貼られ、パンフレットにも記載がある。
しかし沙耶は思った。「制度があるだけでは、声は育たない。
“言ってもいい”と思える文化が必要なんだ」

彼女は「声が育つ環境づくりプロジェクト」を立ち上げた。
目的は、“相談”を“制度の利用”ではなく、“関係性の表現”として捉え直し、
利用者が自然に声を出せる場と空気を育てること。

まず始めたのは、「語りの時間」の設置。
週に1回、職員が利用者と1対1で“雑談”をする時間を設けた。
そこでは、ケアの話ではなく、「最近どうですか」「何か気になることありますか」と、
暮らしの中の小さな違和感や希望を拾う場とした。

ある日、佐藤さんがこう語った。
「最近、朝の体操がちょっと早くて…でも、みんな頑張ってるから言いづらくて」
その声が、体操時間の見直しにつながった。

次に、「相談の見える化」を進めた。
施設内に「最近いただいた声と対応」の掲示板を設置。
「〇〇さんから“食事の温度が気になる”という声→温度管理を強化しました」
「△△さんから“洗濯物の返却が遅い”という声→返却ルールを見直しました」
こうした“声の軌跡”を見えるかたちで共有することで、
「言えば届く」という実感を育てた。

さらに、「相談の入り口を広げる」工夫も行った。

  • 職員の名札に「話しかけてくださいね」の一言を添える
  • 食堂や談話室に“声かけカード”を設置し、気軽に書けるようにする
  • 第三者委員との“お茶会”を月1回開催し、制度ではない語りの場をつくる

沙耶はこう語った。
「相談って、“制度の窓口”じゃなく、“関係性の入口”なんです。
その入口が広がるほど、ケアは深まっていく」

評価項目【35 Ⅲ-1-(4)-②――「利用者が相談や意見を述べやすい環境を整備し、利用者等に周知している」。】
それは、「“制度があるか”ではなく、“声が自然に育つ空気があるか”が問われる。」

沙耶は記録の余白にこう書いた。
「今日、佐藤さんが“ここは、ちょっとしたことでも言いやすい”と言った。
その一言が、相談環境の成果だと思う」

相談とは、制度の利用ではない。
それは、“自分の声が届く”という実感を育てる営み。
そしてその営みが、ケアの質を静かに深めていくのだ。

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