第34章『暮らしは途切れない——移行支援は、関係性の橋を架けること』


2025.09.08 |投稿者:神内秀之介

「ここを離れるのは寂しいけど、家に戻れるのは嬉しいです」
退所が決まった利用者の佐藤さんが、沙耶にそう語った。
その笑顔の奥に、少しだけ揺れる不安が見えた。
“戻る”ことは、“始まり”でもあり、“終わり”でもある。
沙耶はその揺らぎに、そっと寄り添いたいと思った。

法人では、施設から家庭への移行や他事業所への変更に関する手続きが整備されていた。
引継ぎ書類、サービス調整会議、関係機関との連携。
しかし沙耶は思った。「制度は整っていても、“暮らしの連続性”が守られているとは限らない。
“ケアの記録”ではなく、“関係性の記憶”が引き継がれているかが大切なんだ」

彼女は「暮らしの橋渡しプロジェクト」を立ち上げた。
目的は、利用者の移行に際して、“ケアの質”だけでなく“関係性の温度”を保つこと。

まず始めたのは、「暮らしの履歴書」の作成。
利用者が施設で過ごした日々の中で、大切にしてきたこと、安心できた習慣、好きな言葉、避けたい対応などを、
職員が一緒に振り返りながら記録する。
それは、単なる支援記録ではなく、“その人らしさの地図”だった。

佐藤さんはこう書いた。
「朝はラジオ体操があると落ち着く」
「お風呂は夜より昼が好き」
「“大丈夫ですか?”より“今日はどうでしたか?”と聞かれる方が嬉しい」

次に、移行先の事業所との「関係性引継ぎ会議」を開催。
ケアマネジャー、訪問介護事業所、家族、そして本人が参加し、
“制度の説明”ではなく、“暮らしの語り”を中心に共有する場。
沙耶はこう語った。
「佐藤さんは、関係性の中で安心を感じる方です。
だから、初回訪問のときは“前の施設での話”を少ししていただけると、安心につながると思います」

また、退所後1か月間は「見守りフォロー期間」として、
週1回、電話や訪問で“暮らしの変化”を確認し、必要に応じて支援調整を行った。

ある日、佐藤さんがこう言った。
「家に戻っても、ここでのことが続いてる感じがする。
それが、すごく心強いです」

沙耶はその言葉に、移行支援の本質を見た。
それは、“制度の継続”ではなく、“安心の継続”だった。

評価項目【32 Ⅲ-1-(2)-③――「福祉施設・事業所の変更や家庭への移行等にあたり福祉サービスの継続性に配慮した対応を行っている」。】
それは、「“手続きが行われているか”ではなく、“その人の暮らしが途切れずに続いているか”が問われる。」

沙耶は記録の余白にこう書いた。
「今日、佐藤さんが“暮らしって、場所じゃなくて関係なんですね”と言った。
その一言が、継続支援の成果だと思う」

移行とは、終わりではない。
それは、“その人らしさ”が別の場所でも息づくように、
関係性の橋を架けること。

そしてその橋がある限り、
福祉サービスは“制度”ではなく、“暮らしの物語”として続いていくのだ。

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