156.リスクマネジメントの基本と実践
2025.09.07 |投稿者:神内秀之介
介護事業は、人と人が向き合い、命に寄り添う仕事です。その本質ゆえに、予測不能な出来事、システムエラー、人の錯誤といったリスクがどこにでも潜んでいます。しかし、リスクを恐れるあまり固く閉じこもれば、自由な挑戦や成長が窒息してしまう。一方で、慢心や怠慢が許されないのも真実です。
リスクマネジメントとは、「未来の不確実性を可能性として見つめ、それを捉え、制度化すること」です。これにより、恐れを安心へ、課題を学びへ、危機を信頼へと変えていく仕組みが生まれます。では、介護業界におけるリスクマネジメントをどのように実践すればよいのか、具体的に考えてみましょう。
- 全ては「予測」と「分類」から始まる
リスクマネジメントの第一歩は、リスクを「予測」し、「分類」することです。この段階を曖昧にしてしまうと、どんな対策も散漫で効果を期待できません。
• リスク予測の3領域
o 利用者リスク:例えば誤薬、転倒、感染症。
o 従業員リスク:例えば過労、離職、安全衛生。
o 経営リスク:法改定、不正な取引、財務悪化。
• 影響度×発生確率で分類
リスクを「どれほどの被害をもたらすか(影響度)」と「どれくらいの頻度で起こりうるか(発生確率)」で4象限に分けましょう。ここから優先順位を明確にし、対応すべきリスクに資源を集中させます。 - 記録の徹底が信頼の地盤を築く
リスク管理の基本は、「過去の出来事を決して“忘れないため”の記録」です。不正確な記録や記憶頼りの対策では、同じリスクが組織に再び牙をむく可能性があります。
• ヒヤリ・ハット報告の定例化
職員が、「事故には至らなかったが、危険と感じた瞬間」を記録する習慣を定着させましょう。短く簡潔なエントリー形式にすることで、負担を軽減し、報告率を高めます。
• データを資産化する
ヒヤリ・ハットや小規模トラブルを分析し、パターンや傾向を可視化する。「どの曜日・時間帯・環境下でリスクが高まるか」を定量的に示すことで、対策をより精密なものにできます。 - 「人に頼らない仕組み」を構築する
介護現場は多様なスタッフが日々交代で働く場です。そのため、リスク管理を「ベテランの目」や「誰かの感覚」に頼らず、誰もが一貫して行える仕組みに転換する必要があります。
• チェックリストの標準装備化
転倒リスクの評価、投薬管理、口腔ケアの手順など、リスクが多発しやすい領域では、簡易なチェックリストを必ず設置します。「流れの中でミスを防ぐ工程」を詰め込み、ヒューマンエラーを極力排除します。
• ダブルチェックを明文化
例として、「薬投与時の名前確認は必ず2人で交差的に行う」「機器の安全点検は週1回担当者をローテーションで行う」のように、手順がとうに「常識化」したと思われる部分にも、制度としての形を与えます。 - 定例的な「対策レビュー」を儀式化する
リスクマネジメントは一度構築して終わりではありません。それを活用し、見直し、アップデートする過程を持続することで初めて効果を発揮します。
• 四半期のリスクレビュー会議
「どんな新たな事例が起きたか」「既存対策はなぜ効果が薄れたか」「次にどの手順を強化すべきか」を経営会議や管理職会議の中で議論します。間違いを誰かの責任にするのではなく、“失敗から組織で学ぶ”文化を守りましょう。
• 小規模プロジェクトの経過共有
例:新しい記録手順や見守りセンサーの運用試行を小集団で実施し、結果を全体で共有。組織全体に無理なく浸透させる術を対話の中で洗練します。 - リスクの“回収力”を見える化する
危機が発生すること自体を完全に防ぐのは、人や環境が絡む以上、不可能です。むしろ重要なのは、起きたリスクからの「回収力」をいかに高めるか。
• 初動対応の指針を統一
すべてのスタッフが迷わずに行動できるため、「リスク発生の初動フローチャート」を施設ごとに定めます。例:転倒事故では「救急連絡→家族→記録→管理職報告」のような一貫した流れが最優先。
• 経緯と解決を共有化
危機をどのように収めたのか、そのプロセスを他のスタッフへ共有する場を持つことで、他の職員が同じ状況に遭遇した際、同様の対応が期待できます。
まとめ
リスクマネジメントは、未来を読み解き、過去を整理し、現在を仕組み化する「時間を扱う技術」です。すべてのリスクをゼロにするのではなく、「ここで、これが起きても大丈夫」という体制を整え、組織文化として育て上げていくこと。それが、介護事業の信頼と持続可能性の礎になります。
トップマネジャーであるあなたの冷静な視野と、リスクを学びのきっかけと捉える姿勢こそが、組織をより強く、働きやすく、そして地域に信頼される存在へと導く鍵となるでしょう。