第31章『静かな尊厳——プライバシー保護は、気づく力から始まる』
2025.09.05 |投稿者:神内秀之介
「〇〇さんのこと、食堂でみんなの前で話してたけど…あれって大丈夫なんですか?」
新人の理佳が、申し送り後に不安そうに尋ねた。
沙耶はその問いに、静かにうなずいた。
“ケアの効率”と“人の尊厳”がすれ違う瞬間だった。
法人では、プライバシー保護に関する規定が整備されていた。
個人情報の管理、記録の取り扱い、写真撮影のルール、外部への情報提供の手続き。
研修でも「個人情報保護法」や「権利擁護の基本」が扱われていた。
でも沙耶は思った。「制度はある。でも、“気づく力”は育っているだろうか」
彼女は「静かな尊厳プロジェクト」を立ち上げた。
目的は、“プライバシー保護”を“人としての尊重”として捉え直し、
職員のまなざしを育てること。
まず始めたのは、「ケアの中の違和感を語る会」。
職員が「この場面、ちょっと気になった」という事例を持ち寄り、
“何が守られていなかったか”“どうすればよかったか”を語り合う時間。
ある職員はこう語った。
「〇〇さんの排泄状況を、廊下で話してしまった。
そのとき、近くにご家族がいたことに後で気づいた」
別の職員はこう語った。
「記録に“徘徊”と書いたけど、本人は“歩きたいだけ”だったかもしれない」
沙耶はそれらの語りをもとに、「ケアの言葉見直しリスト」を作成。
“徘徊”→“目的のない歩行”ではなく、“歩くことで安心を得ようとしている”
“拒否”→“意思表示”
“要注意”→“配慮が必要な場面”
言葉の見直しは、ケアのまなざしを変えていった。
さらに、職員研修では「権利擁護の視点からケアを振り返る」演習を導入。
- 利用者の“見られたくない瞬間”はどこか
- “聞かれたくない話題”はどんな場面か
- “選びたいのに選べていないこと”は何か
それらを記録に反映し、ケア計画に「プライバシー配慮欄」を追加した。
ある日、利用者の佐藤さんがこう言った。
「最近、部屋で話してくれるようになって、落ち着きます」
その一言が、ケアの質の変化を物語っていた。
評価項目【29 Ⅲ-1-(1)-②――「利用者のプライバシー保護等の権利擁護に配慮した福祉サービス提供が行われている」。】
それは、「“制度があるか”ではなく、“職員が気づいているか”が問われる。」
沙耶は記録の余白にこう書いた。
「今日、理佳が“この言葉、本人が聞いたらどう感じるかな”とつぶやいた。
その一言が、権利擁護の芽だと思う」
プライバシー保護とは、ルールの遵守ではない。
それは、“見られたくない瞬間”に気づく力であり、
“語られたくない言葉”を選び直す感性。
そしてその感性が、ケアの中に“静かな尊厳”を育てていくのだ。
#福祉サービス第三者評価を広げたい