第30章『尊重というまなざし——共通理解は、語り合う時間から育つ』
2025.09.04 |投稿者:神内秀之介
「“尊重する”って、どういうことなんでしょうか」
新人の理佳が、ケア記録の研修中にぽつりとつぶやいた。
沙耶はその問いに、すぐには答えられなかった。
制度には“尊重”という言葉が何度も出てくる。
でも、それが“現場の実感”として共有されているかは、別の話だった。
法人では、「利用者の尊厳を守る」ことが理念として掲げられていた。
ケア方針にも「利用者の意思を尊重し、自立を支援する」と明記されている。
しかし、職員間でその言葉が“同じ意味”で使われているかは不明瞭だった。
沙耶は「尊重の共通理解プロジェクト」を立ち上げた。
目的は、“尊重”という言葉を、職員それぞれのケアの中で言語化し、
共有することで、チームとしてのまなざしを揃えること。
まず始めたのは、「尊重の瞬間を語る会」。
職員が「自分が利用者を尊重できたと思う場面」を語り合う時間。
ある職員はこう語った。
「〇〇さんが“今日はお風呂入りたくない”と言ったとき、
無理に促さず、“じゃあ足湯だけにしましょうか”と提案した。
そのとき、〇〇さんが笑ってくれた」
別の職員はこう語った。
「認知症の利用者が“帰りたい”と言ったとき、
“ここがあなたの部屋ですよ”と否定するのではなく、
“帰りたい気持ち、どんなときに強くなりますか?”と聞いてみた。
その会話が、安心につながった気がした」
沙耶はそれらの語りをまとめ、「尊重の語録」として掲示板に貼り出した。
それは、制度の理念を“現場の言葉”に訳す試みだった。
さらに、ケア記録の様式にも「尊重の視点」欄を追加。
「このケアにおいて、利用者の意思・感情・価値観にどう配慮したか」を記述する欄。
記録が“業務の履歴”から、“まなざしの記録”へと変わっていった。
月例会議では、「尊重の語り」を共有する時間が設けられ、
職員同士が「その対応、すごくいいですね」「私も試してみたい」と語り合う場面が増えた。
評価項目【28 Ⅲ-1-(1)-①――「利用者を尊重した福祉サービス提供について共通の理解をもつための取組を行っている」。】
それは、「“理念があるか”ではなく、“その理念が現場で語られているか”が問われる。」
沙耶は記録の余白にこう書いた。
「今日、理佳が“尊重って、相手の気持ちを待つことなんですね”と言った。
その一言が、共通理解の芽だと思う」
尊重とは、制度の言葉ではなく、
日々のケアの中で育つ“まなざしの質”。
そしてその質を、職員同士で語り合うことで、
チームとしての“ケアの哲学”が育っていく。
その哲学がある限り、福祉サービスは“業務”ではなく、
“人と人との関係性”として息づいていくのだ。
#福祉サービス第三者評価を広げたい