第13章『誇りが伝染するとき——質の向上は、意欲の連鎖から始まる』
2025.08.13 |投稿者:神内秀之介
「ケアの質って、誰が高めるんですか?」
新人の理佳がぽつりとつぶやいた。
沙耶は少し考えてから答えた。
「誰かが“もっとよくしたい”って思った瞬間から、始まるんだと思う。
でもそれを“みんなのこと”にするには、誰かが旗を振らなきゃいけない」
その“旗”を振る役割を、沙耶はいつの間にか担っていた。
きっかけは、ある利用者の入浴介助だった。
「今日は、湯船じゃなくて足湯だけにしてもらえますか?」
その希望に応えたあと、利用者が言った。
「自分で選べるって、気持ちいいですね」
その言葉が、沙耶の中で火を灯した。
“質の向上”とは、利用者の“気持ちよさ”を増やすこと。
それは、制度の改善ではなく、関係性の洗練なのだ。
沙耶はその体験を職員会議で共有した。
「ケアの質って、“選ばせること”にもあると思うんです。
その人が“自分で決めた”って思える瞬間を、もっと増やしたい」
その語りが、職員の間に静かな波紋を広げた。
「じゃあ、食事の選択肢も見直してみようか」
「記録にも“本人の希望”って欄を足してみよう」
「声かけのタイミング、もう少し“待つ”ようにしてみよう」
こうして、沙耶の意欲が“質向上の連鎖”を生んだ。
法人では「ケアの誇りプロジェクト」が立ち上がり、
職員が“自分のケアで誇らしかった瞬間”を記録し、月例会議で共有するようになった。
ある日、管理者が沙耶に言った。
「あなたの語り方って、制度を押しつけないのに、みんなが動きたくなる。
それが“指導力”なんだと思うよ」
評価項目【12 Ⅱ-1-(2)-①――「福祉サービスの質の向上に意欲をもち、その取組に指導力を発揮している」。】
それは、「“制度の旗”を振るだけでなく、職員の誇りを引き出す語り手であるかどうか」が問われている。
沙耶は記録の余白にこう書いた。
「今日のケアは、本人が“選んだ”と感じていた。
その瞬間、私たちの仕事は“サービス”じゃなく、“関係性の芸術”になった気がした」
質の向上とは、誰かの意欲が、別の誰かの誇りに火をつけること。
その火が、組織全体をあたためていく。
そしてその温度こそが、制度の中で最も見えにくく、最も大切なものなのだ。
#福祉サービス第三者評価を広げたい