第12章『法令は、現場に降りてきて初めて、ケアの骨になる』
2025.08.12 |投稿者:神内秀之介
「この業務、ほんとは誰がやっていいんですか?」
新人の理佳がそうつぶやいたのは、深夜の排泄ケア中だった。
先輩の沙耶は一瞬言葉を探し、「それ、法令の範囲で考えるとね…」と口を開いたが、
すぐに思った。・・・この“答え方”でいいのだろうか。
法律はある。マニュアルもある。
でも、“理解する”ための場は、案外少ない。
法人では毎年、介護保険法・労働安全衛生法・感染症法などに関する法令研修が行われていた。
パワーポイントで条文を確認し、確認テストを行う形式。
だが、ある年の研修アンケートに「自分の業務に結びついていない」「条文だけだとピンとこない」との声が複数寄せられた。
その声に応え、管理者は沙耶に「現場に響く法令研修づくり」の協力を依頼した。
沙耶は考えた。
法令を守るとは、「気をつけること」ではなく、「自分のケアの輪郭を知ること」ではないか。
そう考え、“ケアの中に法令を見つける”ワークショップを提案した。
研修では、次のような手法が用いられた。
- ケース①:利用者の入浴時、転倒リスクがある場面。「ここに該当する法令は?」→ 労働安全衛生法、介護保険制度のサービス区分。
- ケース②:服薬介助の確認。「どの資格が必要で、どこまで関われる?」→ 医療行為の境界に関する法令と職務分掌の明確化。
- ケース③:感染症発生時の対応。「どの手順が“義務”で、何が“望ましい対応”か?」→ 感染症法、施設内体制マニュアルとの整合性。
参加職員は次々と気づきを口にした。
「書類を守るんじゃなくて、利用者の命を守るために、法令があるんですね」
「“やってはいけないこと”じゃなく、“やるべきことの根拠”なんだ」
「この決まりがあるからこそ、迷ったときの背中を押してくれる」
研修後、法人では「現場対応と法令一覧」を作成。
職種別に「できること・やるべきこと・委ねるべきこと」を明文化。
加えて、月1回の“法令ミニ学習会”を休憩室の掲示板にて実施することとなった。
内容は「1分で読める法令と現場の結びつき」。
“署名簿だけの遵守”を越えて、“職員同士で語り合う文化”が育ち始めた。
評価項目【11 Ⅱ-1-(1)-②――「遵守すべき法令等を正しく理解するための取組を行っている。」】
それは、「“理解の場”が制度化され、実感を持って運用されているか」が問われる。
条文を記憶することではなく、自らの行動の意味を言葉にできる仕組みがあること。
それこそが、“制度と身体の接続点”なのだ。
沙耶は記録の余白にこう書いた。
「今日のケアは、感染症法の視点からも安全だった。
でも何より、理佳の『ここまででいいですか?』という問いが、法令の尊さだった。」
法令は、現場に降りてきて初めて骨になる。
そしてその骨に、職員が意味を宿すことで・・・
制度は、ケアの輪郭を支える力に変わっていく。
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