「法人全体の経営状況?…さすがに介護職には関係ないよね」
新人時代、私がぽろっと言ったその言葉に、事務主任の原田さんは静かに笑った。
「いや、実は一番関係あるんだよ。君の昼休みの長さにも、昇給率にも、見えないところでつながってる」
経営。
それは“上層部”の仕事だと思っていた。
理念や人件費、会計や補助金・・・曇りガラスの向こうにある世界。
でも、私が記録をミスした日、原田さんがメモ用紙を見せてくれた。
「この報告件数、先月より減ってるでしょ。現場が揺らいでる時、数字も揺れる」
それは、“記録の空気”が経営の体温を左右するということだった。
私は気づいた。
経営とは、会議室だけで起きているものではない。
排泄介助のタイミング、家族への電話、職員同士の会話・・・
それらが全部、法人の“気圧”を構成している。
昇格後、私は経営分析シートの一部を任された。
初めて見る指標たち。
入所率、加算取得状況、職員定着率、稼働実績、地域ニーズ。
頭で読んだときは数字だけ。
でも記録の奥行きに重ねたら、それは“顔の見える数字”に変わった。
入所率が下がる理由は、地元高齢者の在宅希望が増えたから。
加算取得が困難な月は、職員間で疲弊が強まっていたから。
定着率の低下は、理念が現場に届いていないサイン。
数字の下に、ケアの声が揺れている。
私は法人内に“現場から見る経営分析会”を提案した。
法人幹部・事務・主任・現場職員・・・全員で指標を読みながら、
「この数字って、誰の気持ちが反映されてるんだろう?」と問いを投げた。
ある介護士が言った。
「稼働実績って、利用者の希望と職員の“無理してでも応えたい”が重なった結果ですよね」
その発言に、事務職員が頷いた。
「現場が頑張ってること、数字にちゃんと表れてます。
でもその数字、悲鳴になってないかどうか、一緒に見ていきたいです」
私はその場で経営状況の「体感翻訳」を提案した。
- 入所率 → 地域の希望温度
- 加算取得 → ケアの努力値
- 定着率 → 職員が“続けたいと思える空気”
- 稼働実績 → サービスの満足と無理の境界
この翻訳表を法人研修でも使うことになった。
評価項目【2 Ⅰ-2-(1)-① 事業経営をとりまく環境と経営状況が的確に把握・分析されている。】
それは、Excelの精度だけでなく、「“記録と声の奥行き”を見抜く視線があるか」で決まる。
経営とは、制度の天気予報である。
でもその気圧は、毎日の手洗い場の会話にも反映されている。
職員の体感が届く構造があるなら、数字は“人の気配”を描ける。
私は今も、業績シートの余白に、職員のつぶやきを書き込んでいる。
「今月は、やたら利用者さんと雑談が弾んだ」
「新人さんが“楽しい”って言ってくれた」
「ケアが、少し“好き”に近づいてきた」
それらの声は、予算以上に、法人の未来を動かす“追い風”なのかもしれない。
#福祉サービス第三者評価を広げたい












