第2章『曇りガラスの向こうがわ・・・経営という天気図』


2025.08.02 |投稿者:神内秀之介

「法人全体の経営状況?…さすがに介護職には関係ないよね」
新人時代、私がぽろっと言ったその言葉に、事務主任の原田さんは静かに笑った。
「いや、実は一番関係あるんだよ。君の昼休みの長さにも、昇給率にも、見えないところでつながってる」

経営。
それは“上層部”の仕事だと思っていた。
理念や人件費、会計や補助金・・・曇りガラスの向こうにある世界。
でも、私が記録をミスした日、原田さんがメモ用紙を見せてくれた。

「この報告件数、先月より減ってるでしょ。現場が揺らいでる時、数字も揺れる」
それは、“記録の空気”が経営の体温を左右するということだった。

私は気づいた。
経営とは、会議室だけで起きているものではない。
排泄介助のタイミング、家族への電話、職員同士の会話・・・
それらが全部、法人の“気圧”を構成している。

昇格後、私は経営分析シートの一部を任された。
初めて見る指標たち。
入所率、加算取得状況、職員定着率、稼働実績、地域ニーズ。
頭で読んだときは数字だけ。
でも記録の奥行きに重ねたら、それは“顔の見える数字”に変わった。

入所率が下がる理由は、地元高齢者の在宅希望が増えたから。
加算取得が困難な月は、職員間で疲弊が強まっていたから。
定着率の低下は、理念が現場に届いていないサイン。
数字の下に、ケアの声が揺れている。

私は法人内に“現場から見る経営分析会”を提案した。
法人幹部・事務・主任・現場職員・・・全員で指標を読みながら、
「この数字って、誰の気持ちが反映されてるんだろう?」と問いを投げた。

ある介護士が言った。

「稼働実績って、利用者の希望と職員の“無理してでも応えたい”が重なった結果ですよね」
その発言に、事務職員が頷いた。
「現場が頑張ってること、数字にちゃんと表れてます。
でもその数字、悲鳴になってないかどうか、一緒に見ていきたいです」

私はその場で経営状況の「体感翻訳」を提案した。

  • 入所率 → 地域の希望温度
  • 加算取得 → ケアの努力値
  • 定着率 → 職員が“続けたいと思える空気”
  • 稼働実績 → サービスの満足と無理の境界

この翻訳表を法人研修でも使うことになった。

評価項目【2 Ⅰ-2-(1)-① 事業経営をとりまく環境と経営状況が的確に把握・分析されている。】
それは、Excelの精度だけでなく、「“記録と声の奥行き”を見抜く視線があるか」で決まる。

経営とは、制度の天気予報である。
でもその気圧は、毎日の手洗い場の会話にも反映されている。
職員の体感が届く構造があるなら、数字は“人の気配”を描ける。

私は今も、業績シートの余白に、職員のつぶやきを書き込んでいる。

「今月は、やたら利用者さんと雑談が弾んだ」
「新人さんが“楽しい”って言ってくれた」
「ケアが、少し“好き”に近づいてきた」

それらの声は、予算以上に、法人の未来を動かす“追い風”なのかもしれない。

#福祉サービス第三者評価を広げたい


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