90.「その人らしさ」に寄り添うケア
2025.07.02 |投稿者:神内秀之介
介護の現場で向き合う利用者さんは、一人ひとり異なる個性を持っています。趣味や好きなもの、日々の習慣だけでなく、これまで歩んできた人生のストーリーや価値観、独自のこだわりなど、すべてがその人だけの「個性」として表れます。この「個性」を理解し、ケアに反映することは、利用者さん自身の尊厳を守るだけでなく、より良い信頼関係を築くための大切な要素です。今回は、哲学的な視点を交えながら、利用者さんの個性を理解するアプローチについて考えてみましょう。
- 「その人の背景」を知る
哲学者アルバート・カミュは、「人間はそれぞれ独自の物語を持つ」と述べました。利用者さんの個性を理解するには、まずその人がどのような人生を歩んできたのかを知ろうとする姿勢が必要です。
たとえば、「どんなお仕事をされていたのか」「どのような趣味を楽しまれていたのか」といった質問を通じて、その人が大切にしてきた価値観や経験に触れてみましょう。その背景を知ることで、「なぜこういう反応をするのか」「どうしてこの行動を大切にしているのか」が見えてきます。その人の物語に耳を傾けることで、表面的な行動の奥に隠れた「その人らしさ」を理解する鍵が得られるのです。
- 「観察力」を磨く
哲学者マルティン・ハイデッガーは、「人間は行動の中にその存在を映し出す」と語りました。利用者さんの個性を理解するためには、言葉以上に「行動」に注目することも大切です。
たとえば、利用者さんが特定の時間に同じ行動を繰り返す場合、それは習慣やリズムを大切にしている証かもしれません。また、食事の好みや身の回りの整理の仕方にも、その人自身の個性や価値観が表れることがあります。これらの行動を注意深く観察し、そこにある意味を考えることで、個性をより深く理解することができるでしょう。観察とは、言葉に表れない「個性」を発見するための重要なツールです。
- 「共感する」姿勢を持つ
哲学者エマニュエル・レヴィナスは、「他者を理解することは、その人の存在に寄り添うことだ」と述べました。利用者さんの個性に触れる際には、ただ「知る」だけでなく、共感する姿勢を持つことが重要です。
たとえば、「私もそれが好きです」と共感を示すことで会話が弾む場合もあれば、「それはすごいですね」とその価値観を尊重することで、利用者さんが「自分を受け入れてもらえた」と感じることがあります。このように相手の気持ちや価値観に共感を示すことで、利用者さんの個性をケアに活かしやすくなります。共感は、相手の心に寄り添うための架け橋です。
- 「その人らしさ」をケアに活かす
哲学者ジャン=ポール・サルトルは、「人は自由の中で自己を表現する」と語りました。利用者さんの個性を理解したら、それを尊重し、ケアに活かすことが大切です。
たとえば、趣味が園芸である利用者さんには植物の手入れを取り入れたり、音楽が好きな方にはお気に入りの曲を流す時間を作ったりする。これらの工夫は、利用者さんに「自分らしくいられる喜び」を与えます。また、それが日々の生活の中で小さな楽しみや活力となり、利用者さんのQOL(生活の質)向上にも繋がるのです。その人らしさを尊重するケアが、誠実で安心感のある関係性を築きます。
- 「対話を重ねる」ことを忘れない
哲学者ハンス・ゲオルク・ガダマーは、「対話は人間を繋ぐ本質的な行為である」と述べました。利用者さんの個性は、日々の対話の中で少しずつ見えてくるものです。
たとえば、毎日の挨拶や雑談の中で、「今日はどんな気分ですか?」と聞くだけでも、その時々の感情や考え方を知る手がかりになります。そして、対話を重ねることで信頼関係が深まり、より多くの「その人らしさ」に触れることができます。対話を通じて築かれる関係性が、利用者さんの個性を理解する基盤となります。
まとめ
利用者さんの個性を理解するためには、「背景を知る」「観察力を磨く」「共感を示す」「個性をケアに活かす」「対話を重ねる」という5つのアプローチが重要です。それらを実践することで、利用者さん一人ひとりの「その人らしさ」に寄り添い、より豊かで安心感のあるケアを提供することができます。