75.観察力が紡ぐ本当のケア
2025.06.17 |投稿者:神内秀之介
介護の現場では、利用者さんが何を感じ、何を望んでいるのかを理解することが、良質なケアを提供するための出発点です。しかし、その「意図」は必ずしも言葉で伝えられるわけではありません。時には表情や仕草、些細な行動の中に秘められています。だからこそ、私たち介護職には「観察力」を磨くことが求められます。ここでは、哲学的な視点を交えながら、利用者さんの「意図」を理解するための観察力について考えてみましょう。
- 「表層」だけを見ない――意図の裏側を探る
哲学者ソクラテスは、「物事の本質に目を向けよ」と説きました。同じように、利用者さんの行動や言葉の「表層」だけを見るのではなく、その裏に隠された意図や感情を探る姿勢が大切です。
例えば、利用者さんが食事を拒否する場面を想像してみてください。ただ「食べたくない」と言っているのではなく、「硬い食材が苦手」「体調が悪い」「気分が乗らない」など、さまざまな理由が隠れているかもしれません。行動の背景にある「なぜ」を問いかける姿勢が、意図を理解するための第一歩です。
- 小さな「変化」に気づく
哲学者フリードリヒ・ニーチェは、「神は細部に宿る」と言いました。利用者さんの意図を汲み取るためには、日々の中の小さな変化に注意を払うことが重要です。普段は笑顔で挨拶をしてくれる方が少し無口になっている、歩行速度がいつもより遅い――こうした些細な変化は、利用者さんの意図や身体の状態を知る上で重要な手がかりとなります。
変化を見逃さないためには、「いつもの状態」をしっかり把握しておくことが必要です。それが、利用者さんの意図を理解し、的確なケアを提供するための土台となります。
- 言葉にならない「声」を聴く
哲学者マルティン・ブーバーは、「本当の理解は、言葉ではないところにある」と語りました。利用者さんの意図は、必ずしも言葉で明確に示されるわけではありません。だからこそ、表情、視線、仕草、沈黙など、非言語的なサインに意識を向けることが重要です。
たとえば、利用者さんが椅子から立ち上がろうと何度も体を動かしている場合、それは「手を貸してほしい」という意図かもしれませんし、「トイレに行きたい」というサインかもしれません。「言葉にならない声」に耳を傾けることで、利用者さんの本当の気持ちや欲求に近づくことができます。
- 利用者さんの「背景」を知る
哲学者ハンス・ゲオルク・ガダマーは、「理解とは、相手の歴史を知ることだ」と述べました。利用者さんの意図を理解するためには、その方の生活背景や価値観、過去の経験を知ることが大切です。
たとえば、長年農作業をしてきた方にとっては、「土に触れること」が安心感をもたらす時間かもしれません。こうした背景を知ることで、行動の理由や意図をより正確に把握することができます。利用者さんの「人生の物語」に目を向けることで、ケアの質が格段に高まるでしょう。
- 観察を「対話」に繋げる
哲学者エマニュエル・レヴィナスは、「人間は他者との関係の中で存在する」と語りました。観察力を発揮するだけでなく、その気づきを利用者さんとの対話に繋げることも重要です。行動や仕草に気づいたら、「今日はいつもと違うようですが、大丈夫ですか?」「何かお手伝いできますか?」と声をかけてみましょう。
観察だけでは一方的な視点にとどまりますが、対話を通じて利用者さんの意図を確かめることで、誤解が生じるリスクを減らすことができます。観察と対話をセットで行うことが、最善のケアへの道筋を作ります。
まとめ
介護現場で利用者さんの「意図」を理解するためには、表層を超えて本質を探る姿勢、小さな変化に気づく観察力、そして言葉にならない声を聴く感受性が必要です。それに加えて、利用者さんの背景を知り、観察を対話に繋げることで、本当の意味での「理解」に近づくことができます。
